はじめに
「ディレクターって、結局何をする人なんですか?」
制作会社で働いていると、そんな声をよく耳にします。
とくに「ディレクターを任されたけど、何をすればいいのかわからない」という戸惑いは、多くの現場で共通する悩みです。
- 指示を伝える人?
- スケジュールを管理する人?
- クライアントとの橋渡し役?
どれも間違いではありません。
けれど、それだけでは足りない。なぜなら、「ディレクター」という言葉が示す役割は、会社やチームによって大きく異なるからです。
この記事では、その“あいまいな肩書き”の中にある、本質的な役割とは何かを、私自身の経験を交えて丁寧に言語化していきます。
「伝えるだけ」「間に合えばOK」では、ディレクターではない
ディレクターになりたての頃、こんなふうに考えたことはありませんか?
「依頼内容をチームに伝えて、納期までにまとめればいいんでしょ?」
もちろん、進行管理やタスクの振り分けも大切な仕事です。
けれど、それはあくまでディレクションの“手段”であって、本質”ではありません。
クライアントの言葉をそのまま伝えるだけでは、単なる伝書係になってしまいます。
ディレクターの本当の役割とは、こうです。
「この制作物は、何のために、どこへ向かうべきか」を定めて、チームを導くこと。
目的地を描き、その道筋を設計しながら進めていく。
それが、ディレクターという役割の核にあるものだと私は思っています。
フィルターとしての責任:すべては自分を通って出ていく
私自身がその責任の重みを初めて実感したのは、まだデザインアシスタントだった頃のことです。
あるとき、納期が迫っている中で、デザイナーから「正直、納得はしてないけど…」と渡されたデザインを、私はそのままクライアントに持っていこうとしました。
すると、上司にこう言われました。
「そんなダサいもの持って行くな。やり直せ。
自分が納得してないものを出すな。
そのまま出したら、怒られるのはお前だぞ。」
その瞬間、はっきりと気づきました。
「自分のフィルターを通ってクライアントに届くものは、全部“自分の責任”になるんだ」
たとえ誰かが作ったものでも、それを「これでいこう」と判断して進めた時点で、ディレクターが引き受けているのはその結果全体の責任です。
それは怖いことでもありますが、だからこそ「考える」「見極める」「伝える」力が問われます。
撮影当日、すべての視線がこちらを向く
もう一つ、現場でのリアルな例を紹介します。
撮影当日になると、カメラマンやスタッフ、出演者、クライアント──全員から、こう聞かれます。
- 「次はどこを撮りますか?」
- 「誰に登場してもらいますか?」
- 「どういうポーズで?」
- 「服装はこのままでいいですか?」
- 「台詞、変えたほうがいいですか?」
その瞬間、すべての矢印が自分に向かってくる。
「どう進めるか」「この判断でいいか」── その場で即座に答えるには、前日までに構成や演出、動線、役割、期待値などをすべて整理しておく必要があります。
決断力、状況判断力、ゴール感覚。
それらが一瞬ごとに問われるのが、現場におけるディレクションです。
「会社ごとに違う」からこそ、自分なりに定義していい
「うちの会社だと、ディレクターって進行管理だけなんですよね…」
そんな声もあるでしょう。
たしかに、現場によっては「ディレクター=スケジュール管理」と捉えられていることもあります。
ですが、それでも構いません。大切なのは、肩書きではなく思考のスタンスです。
- 「この仕事は、誰のために、何を実現するものなのか?」
- 「今の進め方で、それを達成できるのか?」
- 「もっと良くするには、どうすればいいか?」
そんな問いを持ち続けながら動いているなら、あなたはもう立派に“ディレクション”していると言えるのです。
拾って、渡す。チームで支え合うディレクションの視点
私が思うに、ディレクターとは「チームの中に落ちたボールを拾って、次に渡す人」です。
- 誰かが気づけなかった小さなミス
- 放置されがちなタスクの隙間
- どちらに進めばいいか迷っている場面
そういった“隙間”を見つけて、拾い、判断し、誰かに託していく。
ただ、それを全部一人で担い続けるのは、やっぱりしんどい。
だからこそ、チームのメンバーにも、少しだけでいいから“ディレクター思考”を持ってもらえたらと願っています。
- 「これ、止まってるかも?」と気づいて声をかける
- 「伝え方、もう少しこうした方がよさそう」と提案する
- 「次の流れを先回りして準備しておく」
そんな小さな気づきが積み重なるだけで、現場の空気は一気に良くなります。
ディレクターも、メンバーも、お互いがやりやすくなるチームが生まれる。
そのための“視点のシェア”が、今の現場にはとても大切だと思います。
おわりに:「ディレクター」は、“判断を引き受ける人”
ディレクターとは、指示を伝える人でも、作業を割り振る人でもなく、
「状況を見て、考えて、決めて、責任を持つ人」です。
その重みは、ときにプレッシャーにもなります。
けれど、それを引き受けた人だけが手にできる視点と、成長があります。
そして忘れないでほしいのは、「判断を一人で背負う必要はない」ということ。
周囲に頼り、チームに目を配り、自分なりのディレクションを積み重ねていけば、
あなた自身の“役割の形”が、きっと見えてくるはずです。